瑠璃色の月夜に
リースがこの家を去ってから三年の月日が経った。姉さんは、フィーナの留学を期に博物館の来訪者が増え、以前よりも忙しなく働いている。
麻衣は俺と同じく満弦ヶ崎大学へと進み、ブラスバンドのサークルに所属していた。
菜月は東京の獣医大へと進み、仁さんは左門さんの下で本格的に料理を学び始めている。
そして俺は、月学を専攻に大学に通い、今もトラットリア左門でウェイターのバイトを続けている。
俺は自分の部屋に戻り、ベットに腰をかける。
大学へと進みガラッと変わった自分の部屋。
月学の専門書などが立ち並び、付属の頃とはかなり違うものとなってしまった。
それでも変わらない物もある。
部屋の壁に掛けられた草の輪のお守り。これだけはあの頃と変わらずに大切に掛けてあった。
「…リース」
草は枯れてしまったが、それでもそのお守りを見るたびに、彼女のことを思い出す。
フィーナが言うにそれは、『健康であるように』との願いを込めて『恋人』へ贈る物だそうだ。
それは、今はもう居ないリースからの贈り物。
『ワタシの思いはタツヤと同じ…きっと』
そう言ってくれたリース。
彼女が俺を愛してくれた。
そのことを思い出すだけで、心は温かくなり、彼女と心が繋がっていると感じられた。
そしてその反面、彼女に会いたいと思う気持ちも強くなる。
左門のウェイトレス、学校の後輩。この三年間の間、幾人かの女の子に思いを告げられた。
皆、真っ直ぐな思いを告げていく。
そんな彼女たちの思いを踏みにじってまで、俺はリースのことが忘れられないでいる。
無口でぶっきらぼうな彼女の言葉も。
恥ずかしそうに告げる感謝の言葉や挨拶も。
チョコチョコ逃げ回る、猫のようなその仕草も。
掻き抱いた小さな彼女の温もりも。
香しい彼女の匂いも。
重ねた肌の柔らかさも。
ずっと忘れられないでいた。
「女々しいのかな…俺」
一つ溜め息をついてベットへと倒れこむ。
目が覚めれば、悩みがどこかへ消えてしまっていることを願って。
俺は瞼を閉じた。
まどろみの中へと意識を落としていく。ぼんやりとした色彩から、真っ黒な世界へと。
深い眠りに陥ろうとした時、
「ひゃっ!!」
小さな悲鳴と共に、ドスンと落下音が聞えた。
「なっ、なんだ!?」
その音で眠りから覚め、俺は飛び起きる。
そしてそのまま慌てて庭――音の発生源へと駆け寄った。
「イタリアンズ!?」
庭を見てみると、四匹の犬が千切れんばかりに尻尾を振りながら、何かを押し潰さんばかりにじゃれついていた。
「お前ら落ち着け!!」
言うことを聞かない四匹の犬を押し退けながら、じゃれつかれている人影を引き起こす。
「あんたも勝手に家に入ろうと…」
そして、引き起こした人物を見て、俺は言葉を失った。
見た目以上に軽い、白く透き通った身体。
優しくカールした金糸のような髪。
エメラルドのような深い色を湛えた瞳。
「……リー…ス?」
その人物は紛れも無くリースだった。
夢か幻かは分からないが、目の前には彼女がいる。
忘れることができず、ずっと会いたいと思っていた少女が…
「…タツヤ…痛い」
「あっ、ごめん!!」
思いのあまり、リースを掴んでいる右手に力を入れすぎてしまっていた。
力は緩めるが、その手は離すことができない…いや離したくなかった。
「構わない」
いつものように、リースの返事は無愛想だった。
それがとても嬉しくて、ばつが悪そうに下を向く彼女をギュッと抱きしめる。
「リース…もう会えないと思ってた」
ゆっくりと自分の思いを口にする。
この三年間抱き続けた思いを。
「けど…会いたかった」
先程よりも強く抱きしめると、リースもゆっくりと話し始める。
その顔を少しだけ辛そうに顔を歪めながら。
「コレは事故…もう会うつもりは無かった……」
「……」
「会ったら…もう離れられないと思ったから…」
辛そうに告げるそんなリースの言葉を聞いて、俺は抱きしめていた手を離す。
そして、彼女の言葉を借りて言った。
「そっか…事故か……それ、ならこれは…………無効だな……」
泣かずに言い切るのが精一杯だった。
できうる限り自然に、泣いていることを悟られないようにしながら、踵を返して家の中へ戻ろうとする。
「タツヤ!!」
そんな俺を、今度は逆にリースが後ろから抱きとめる。
見た訳ではないが、彼女が泣いているのが分かった。
「…無効には…できそうもない………ワタシも…タツヤと会いたかったから」
抱きしめる彼女の手に、そっと手を添える。
「……使命は…いいのか?」
「よくない…けど、今夜だけは…一緒にいたい」
抱きしめるリースの手を外して、彼女と対面する。
リースの深い紺碧の瞳は、涙に濡れていた。
その美しさに魅入られそうになるのを必死に堪え、問いかける。
「…今夜…だけか?」
リースは恥ずかしそうに顔を伏せながら答えた。
「……タツヤ…ひきょう」
「何が?」
さらに顔を真っ赤にさせながら、リースは小さな声で呟く。
「……女の子に…先に言わせることじゃない」
「えっ…」
思わぬリースの発言に俺は驚かさせられた。
彼女は彼女で、自分の言ったことが恥ずかしかったのか、ますます顔を赤らめて俯く。
「…リース」
そんなリースが愛おしく、彼女の頬に手を当て、俯いた顔を上げさせると軽く唇を重ねる。
そして、唇を離してお互いが見つめあうと、自分でも知らぬ間に口が開いていた。
「いつもここに居る必要は無い。使命を果たすためにどこかへ出かけてもいい。その時は、少し寂しいけどちゃんと俺は待ってるから……だから……ずっと一緒に…俺といてくれないか?」
リースの眦から涙が頬に伝う。
彼女は嬉しそうに笑った後に、ゆっくりと頷いた。
「やっぱり…ワタシの思いはタツヤと一緒だった……ワタシも、タツヤとずっと一緒に居たい」
恥ずかしそうに顔を赤く染めながらも、彼女は満面の笑みを浮かべる。
自然とこちらも、笑みを醸し出していた。
「リース…好きだ」
「ワタシも…タツヤが好き」
そして再び、先程よりも強く深く、お互いの居なかった三年間を埋めるように、長い長い口付けを交わした。
空には蒼い月。
夜明け前の瑠璃色よりは薄い色をしたその月は。
いつまでも二人を見守っていた。
まるで、二人を祝福するかのように…
あとがき
瑠璃色のSSとうとう書いてしまいましたw
突発的に作ったリースエンド後の話です。
使命のために旅立つリース…あのまま二度と会えないと悲しいので、再会の話。
そして、いつまでも続く使命を持つ、リースと共に居ようと達哉が決意した感じの話…のつもりです。それではこれにて。感想くれると嬉しいです。
猫月でした。更新日 2006/1/14
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